ちこちゃんEUでジェルネイル禁止!?ってSNSで見たけど、本当なの!?
2025年に入り、「TPO(Trimethylbenzoyl Diphenylphosphine Oxide)がEUで禁止になる」という話題が、ネイル業界で一気に広がりました。
まずお伝えしたいのは…
SNSでは断片的・誤解を招く情報も多く、
「なぜ禁止?」「どのくらい危険?」「日本はどうなる?」
と不安に感じている方も多いのではないでしょうか。
- EUでTPOが禁止に至った流れ( 2021〜2025)
- なぜEUはTPOを「危険」と判断したのか?
- ジェルネイルの実使用で どれほど危険性があるの?
- 日本ではそのうち禁止されるの?(私の予想)
- 今後のネイル業界への影響と予測
そもそもTPOって何?
TPOとは、『Trimethylbenzoyl Diphenylphosphine Oxide』の略で、
ジェルネイルをライトで固めるために使われている “光重合開始剤” という成分の一つです。
ジェルネイルにUV/LEDライトを照射すると、光に反応して硬化のきっかけをつくるのが “光重合開始剤”。
ジェルネイルの処方には必要不可欠な成分です。
TPOは、次のような理由から、世界中のジェルメーカーで広く採用 されてきました。
- 硬化が速い
- UV光(紫外)、LED光(可視光)の両方に反応する
- 少量でしっかり固まる
- 黄ばみにくい(硬化直後は黄ばむことはある)
EUでTPOが禁止に至った流れ( 2010〜2025)
2021年頃から2025年にかけて、EUでは段階的にTPOの規制が進みました。



その流れを整理してみましょう。
TPO禁止の流れ
TPOは生殖毒性の区分2(ヒトに対する生殖毒性が疑われる)に分類された。
オスの精巣に特異的に悪影響がある、という研究結果によるもの。
これに分類されると、原則化粧品への配合は禁止になるが、安全性が認められれば限定的にOKになる。
業界団体が出したデータに基づき、プロユースの商品に限り、5%以下での配合を認めた
(2010~2014までは移行期間で使用禁止ではない)
スウェーデン化学物質庁が提出(2020/6/30)。
2019年に新たに取られた生殖毒性のデータで、新たに実際に「不妊」への影響が分かった。
そのためより厳しい生殖毒性の区分1B(動物実験の証拠によりヒトに対して生殖毒性があると知られている)に分類されるべき、と提案
RAC(リスク評価委員会)が生殖毒性区分1Bは妥当だと判断
生殖毒性1Bと判断される見込みのため、SVHC候補(高懸念物質候補)に追加された
実際の法的効力は 2025年9月1日から
生殖毒性1Bに分類されたため、禁止物質リストへの追加は義務。
実際の適用は 2025年9月1日
免除申請は 規則採択前までに一件も提出されなかったため、施行となった
既存在庫をサロンで使うこともNG
より詳細に規制の流れを知りたい場合はこちらの記事「詳細版:TPO規制の流れ」(準備中)を参照してください。
※実際の一次情報の文献のURLもお示しします。
EU以外の国での規制
現時点で、EU以外で規制されている国はありません。
アメリカの CIRは2025/2/14時点の文書(ドラフト)で「現状の使用濃度では健康上の問題はない」と評価しています(使用暴露量ベースの評価)。
TPOの毒性はどれくらい?
毒性の詳細は別の記事で詳しく扱いますが、ここでは安心材料として、ポイントだけお伝えします。
生殖毒性 区分1B になった理由
2020年までは、区分2であり、「プロ用途に限り、5%以下の濃度での使用は例外的に認める」とされてきました。
それまでのデータは、ネズミ(主にラット)による動物実験で、「オスのネズミの生殖器に特に悪影響がある」ことまで分かっていました。
これにより、より厳しい区分1Bになり、この分類が後に化粧品への配合禁止に大きな影響を与えました。



やっぱりTPOは人体にも悪いんじゃ!?不妊の原因とか怖い…
しかし、よく実験の内容を分解すれば、極度に怖がる必要はありません!



ではどのような実験をしたのか、できるだけ簡単に説明しますね。
実は「ジェルネイルの使用量」とは大きく乖離している
動物実験では、毒性を見るために、以下のような極端な条件で実験しています。
- 毎日、強制的に胃に流し込んだ
- 純度100%のTPOを与えた
- 最短で28日間(4週間)、与え続けた
さらに、生殖器に悪影響が出た投与量は250mg/kg。
これを、人間の体重(50kg)換算すると…



大さじ1(約15g)弱のTPOの粉末を毎日食べるイメージです。
がんばってもムリ!
実際のジェルネイルでは”ほぼ反応し尽くす“ため、残留量は極めて少ない
TPOは、「重合開始剤」で、ジェルネイル中では最大4~5%配合されていると言われています。
ですが、硬化後のジェルネイル中には残留量は極めて少ないと言われています。
CIRの報告書原文を読みたい方はこちら(2025/2/14発行)
EUのTPO規制の背景、日本ではどうなる?



実際とは全然違うのに、なぜ禁止されたんだろう?
EUが化学物質を「禁止」にする背景を考えてみましょう。
EUでの規制の背景
「実際の使用量で危険だから禁止」ではなく、EUの「予防原則」の結果として規制された面が大きいと考えています。
以下3点のEU独特の行政判断により、TPOの規制はされたと考えています。
- (No data, no market)
-
EUのREACH規則には有名な原則、”No data, no market“(データなければ市場なし)があります。
データが不足と判断されれば、なかなか規制が覆らないようです。
※REACH規則…EUで化学物質の登録・評価・許可・制限を義務づける総合的な化学物質規制
-
2025年8月7日に公開されたTPOに関するQ&Aでは、
「免除申請は 規則採択前までに一件も提出されなかった」とあります。ただしこの免除申請の条件は非常に厳しいため、申請に至らなかったのでは、と推測されます。
- 禁止の方向に進みやすい
-
代替品があるかどうかも規制に踏み切る大きな条件です。
免除申請に必要な条件の一つとして、「代替品が存在しないこと」がありますが、TPOの場合は代替となり得る重合開始剤が存在します。
現在、日本で販売されているジェルネイルのほとんどにTPOが配合されています。
日本でも規制されたら、何を使ったらいいんだろう、と不安に思われる方も少なくないと思います。
ですが…



当面、日本で禁止される可能性は低いと考えています。
日本で禁止されないであろう理由は3つ
- ① EUの動物実験は実際のジェルネイルに使う量とはかけ離れている
-
上記のように、28日間や90日間、毎日12.5g以上食べ続けた場合の毒性であるため、実際の使用環境では起こりえない
- ② TPOは硬化の際にほとんどが光に反応し、ジェルネイル中に残らない
-
アメリカCIRの報告によると、未反応のTPOは0.2%未満
- ③ TPOはネイルプレートから浸透しづらい
-
そもそも、TPOが反応しないで爪の上に残ったとしても、ネイルプレートを通じて吸収される可能性は極めて低い
日本の化学物質の規制の考え方
EUは「予防原則」に基づき、CMRリスク(発がん性、変異原性、生殖毒性)が確認されると規制に動きます。
一方、日本の化学物質の規制(化審法)においては、「暴露を踏まえたリスク評価」の考え方がメインです。



「実際に人体に触れる可能性がある量で危険性を判断する」ということ。
だけど気を付けないといけない点はある
SCCSは2014年、プロユース、5%以下の使用を認めた際の文書でこのように述べています。
It is important to distinguish between professional and home-made applications, as the latter may cause more accidental skin contact than the former.
セルフ施術では、プロに比べて誤って皮膚に触れてしまうリスクが高くなるため、プロ施術とセルフ施術は分けて考える必要がある。
SCCS OPINION ON Trimethylbenzoyl diphenylphosphine oxide (TPO)
2014年時点の安全性評価は、「プロが正しく使用した場合」のデータであり、セルフ施術ではこの安全性データの前提が崩れ、リスクが高くなると明確に書かれているのです。



セルフネイラーにとっては耳の痛い話だ…
近年、日本でも「セルフネイル」はとても流行していて、100均でも道具を揃えて始められる、身近な存在となりました。
しかし一方で、セルフネイルの急激な広がりによって、モノマー類などによる「ジェルネイルアレルギー」の報告が急激に増加し、安全性の課題も議論されるように。
セルフネイルによる誤使用リスクを根拠に規制されてしまう可能性は否定できません。
(誤使用のワーストケースを元に算出されることで、通常使用ではありえない数値設定をされてしまうかも…)



だからこそ、「正しいネイルのカガクの知識」をもち、
「安全に楽しむ」方法を広げていきたい、と考えています。
結果的にTPOは使われなくなっていくかも
ここからは、消費者ではなくジェルネイルメーカーがどのように判断するかが重要なポイントですが…
- TPOは危険だというイメージの悪さ
- 欧米への進出、輸出を考えているメーカーにとって、TPOは使いたくない
- TPOの代替品がすでに何種類か存在する
これらの理由で、規制はされなくても、結果的に日本でもTPO使用製品が減る可能性はあるのではないかと考えています。



「化粧品」全体でもこのような傾向は実際にあります(防腐剤等)。
おわりに
TPOはEU圏内では禁止されましたが、「使用するとすぐ人体に悪影響がある」という意味ではありません。
そこには EU 特有の制度、価値観、行政判断が複雑に絡んでいます。
規制開始直後、SNSでは、「EUでジェルネイルが禁止された」ショッキングな言葉だけが独り歩きし、必要以上に不安を感じる人も多く見られました。
しかし、実際のデータや規制の仕組みを丁寧に読み解けば、「避けるべき点」と「必要以上に恐れなくて良い点」がきちんと見えてきます。



私は、科学的な根拠に基づいて、
安心してネイルを楽しめる環境を守りたいと思っています。
そのために、こうした情報を発信しています。わたしもセルフネイラーですしね。
もちろん、この発信で得られる報酬はありません。
ですが、TPO規制に限らず、今後も大小さまざまな「不安を煽る話題」が繰り返し現れるだろうと感じています。
だからこそ、少しでも多くの方に科学的に正しい情報が届き、自分で判断できる力を持っていただけたらと願っています。
これからも、正しい知識が広がり、
ネイルが安全に、健やかに、そして何より楽しく続いていきますように。
もっと詳しく知りたい方はこちら
より深く知りたい方のために、以下の記事を準備予定です。
① TPO禁止の法令と背景
実際の一次情報(公開されている文書)を示しながら説明します
② 動物実験の詳細
生殖毒性1B分類の根拠の実験の説明をします。
1989、1991、2001、2019年に発表された動物実験の4つの実験データを説明します。
③ 重合開始剤のメカニズムとTPOの代替品
重合開始剤のメカニズムについて説明した後、どのような成分が代替品として使われているか説明します。
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